電磁波のシミュレーションには様々な手法があり、どれを使うべきかは周波数や解析領域の広さで変わってくる。大まかにではあるが、以下のイメージを持っておくと全体を把握する意味では問題ないだろう。
先にまとめ
- 解析したい領域が1辺\(λ×100\)程度までなら、電磁界解析(FDTD法、FEMなど)が選択肢に入ってくる。それ以上であれば電波伝搬解析(主にレイトレース法)が有効。ただレイトレース法の場合、結果を定量的に評価することは難しいと思った方が良い。
- もちろん種々の解析条件(モデル形状、アウトプット、求める解析精度など)によっては上記の範囲内でも厳しい場合もある。困ったら各解析ソフトのベンダーさんに聞けば優しく教えてくれる。
電磁界解析(FDTD法、FEMなど)
- マックスウェル方程式を、速く、精度よく解くことを目的としている解析手法。マックスウェル方程式をほぼそのまま解くため精度が高い。(と言われている)
- 論文などでは、レイトレース法(後述)などの近似手法の精度を検証する際の比較対象(真値)として電磁界解析の結果がもちいられることも多い。
- 時間領域の解法(FDTD法など)と周波数領域の解法(FEMなど)がある。
- それぞれの解法によって得意なモデルや周波数帯などの解析条件が違うが、特殊な条件でない限りはどちらの解法でも解析可能である場合がほとんど。同じ解析条件であればどちらの解法で計算しても同様の結果が出る。(計算時間は差が出る可能性あり)
- ハイエンドの商用解析ソフトでは、どちらの解法も対応している(もしくは別ソフトとしてラインナップされている)ことが多いので、初心者ユーザーは解法の心配をする必要はない。もし不安ならベンダーさんに聞けば優しく教えてくれる。
- どちらの解法も、周波数に応じた電界(もしくは磁界)の空間的な変位を表現するために、解析空間をだいたい\(λ/10\)程度のサイズのメッシュで分割する必要がある。(メッシュの形状は手法によって異なる。3次元空間の場合、FDTD法は直方体、FEMは4面体が多い。)
- このメッシュ分割という特性により、解析空間の広さに波長に応じた制限がかかることになる。(ミリ波帯などでは広い空間を解析することができないのはこのため)
- 具体的な制限は、手法とマシンリソース(主にメモリ量)に依存するので何とも言えないが、解析空間が立方体と仮定すると、その1辺の長さが\(λ×100\)程度までを限界と考えていい。(普通のデスクトップマシンの場合)
- 例えば、60GHzのミリ波の解析をする場合、FDTD法の直方体メッシュは最大でも1辺0.5 mmのサイズが必要。解析領域としては各辺でその1000倍の50×50×50 mmくらいが限界。(直方体メッシュの場合、この解析領域は1000の3乗で総メッシュ数10億)
- そのため、「ミリ波レーダーで実環境規模(交差点モデルなど)の電磁界解析をやりたい」などと言うと何もわかってないと思われる。
- 加えて、人体などの誘電率の高いオブジェクトを解析対象とする場合、誘電体による波長短縮効果でさらに細かいメッシュが必要になる。波長短縮率は比誘電率のルートで効いてくる。人体モデルは海水の物性値を使用することが多いが、海水の比誘電率は60GHzで10くらいなので、まあまあ効いてくる。
- 以上のことから、周波数が高くて(感覚的にはミリ波帯くらいから)解析領域が1辺\(λ×100\)を超えてくるようであれば電波伝搬解析(主にレイトレース法)を使った方が良い。なお、周波数が高くても解析領域が小さい場合(ミリ波レーダー単体の設計など)は問題ない。逆に、周波数が低くても解析領域が広すぎる場合は解析できない可能性がある。
- 電磁界解析は同じモデルであっても手法や使うソフトによって計算時間が結構変わる。一般的には、周波数領域の解法は低い周波数(~MHzくらいか)が得意で、高い周波数は時間領域の解法の方が得意と言われている。しかし、この辺はそのほかの解析条件によっていくらでも変わってくるので一概に言えない。さらに、同じ手法であっても使うソフトによって計算速度が変わってくる。近年ではGPUによる高速計算に対応していることは当たり前になってきており、対応しているソフトとしていないソフトでは速度に雲泥の差がある。
電波伝搬解析(主にレイトレース法)
- 電磁波を光のように見立てて、電磁波の伝搬経路を幾何学的に計算する解析手法。(面にあたったら反射していくレーザービームのようなイメージ)
- マックスウェル方程式を解くわけではないので、電磁界解析に比べて精度は落ちる。その一方で、メッシュの概念がないので解析領域の制限がなくなる。(ミリ波帯でも広範囲の解析ができるようになる)
- ミリ波帯の解析(レーダーやバイタルセンサーなど)では、レイトレース法が使わることが多い。
- 解析モデルの細かな形状は反映できないことがほとんど。(複雑な形状のオブジェクトを、単純な面で構成された多角柱で簡易化する必要がある)
- 電磁波をレーザービームのように見立てる、解析モデルを簡易化する、などの近似を入れているため精度が低い。そのため、定量的な評価はできないと思った方が良い。
- 受信電力で10dB程度の誤差は普通というレベル。全体の傾向が合っていれば良しとする。
- ユーザーの多くは、電波環境の傾向を定性的に評価するために使っている。
- レイトレース法の解析ソフトもGPUによる高速計算に対応しているものが多い。しかし、電磁界解析と比べるとGPUの有無でそこまでの差はでない印象。しかし、2~数倍変わることもあるので対応しているに越したことはない。